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  • ひょっとこ

細胞の生命力を呪う話


お久しぶりです。ひょっとこです。

気温もすっかり下がり、コートが必要になってきましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。

私は食欲の秋で肥えています。3年前から体重が20キロ増えました。病気か?

そうだ、最近コーヒーが飲めるようになりました。

というのも、私の職場ではコーヒーを飲む人が多く、

よく休憩時間にコーヒーを勧められるのです。

学生時代はコーヒーが大の苦手だった私ですが、

なんとなく断るのも恥ずかしいしコーヒーが飲めるってかっこいいイメージがあるので、

無理やり「飲めます!」と言って飲んでいるうちに、飲めるようになっていました。

人生は経験ですね。

さて、表題のお話。

ここから先は、自傷・自殺のお話などが入ってくるので、苦手な人は読むのをおやめくださいね。




さて、二週間ほど前でしょうか。


死のうとしました。


ええ、死のうとしました。

特に何かあったわけではないのですが、久々に死にたい気持ちが再燃してしまいました。

結果は……あるいはこの文章を打っているのは私の幽霊かもしれないという可能性もあるにはありますが、

まあ生き残りました。

そもそも死亡率が低いリストカットという手段を選んだ時点で、本気ではなかったのかもしれません。

血管をぶった切ろうとしたのですが、どうしても痛くてやめました。

なんか神経にびりびり来る痛さでした。人体めんどくさい。

結果中途半端な傷になってしまいました。

傷口は結構グロいです。手首にもう一つ唇ができたような見た目をしています。

包丁でやたらめったら切ったので、腕を這う赤いミミズが増えてしまいました。

さて、こんなことを書きましたが、同情してほしいわけでも、心配してほしいわけでもありません。

ただ事実として、私が死のうとして、それでも生き残ったというだけです。

ただ、思ったことは、人体の生命力ってすごいなぁ、ということ。

それなりに深い傷をつけて、部屋中が血だらけになったりしたのですが、

私はこうして、普通に生き延びて、傷口もふさがって、仕事をしています。

普通の物体は、切ってしまえば自然につながることはありません。

それが、私の手首は切っても切ってもつながっちゃうのです。

皮膚が日に日に盛り上がって傷口がふさがっていく様は、

それ単体が生き物のようで少し気持ち悪かったのですが、

それと同時に、陳腐な言葉ではありますが、生命の神秘を実感いたしました。

生き物って不思議だなぁ。

とはいえ、私の頭は死にたがっているので、

この体の生命力の強さには辟易するしかないのですが。

思うようにいきませんね。

食欲のコントロールも思うようにいきません。

仕事も、人間関係も、予期できないことばかりです。

自分の体も思うようにいかないならば、他人や環境なんてもっと思うようにいかないのは当然ですよね。

死ねない以上、諦めて生きていくしかないのかな、と思います。

細胞は生きたがっているようですし。

しばらくは、体の従者になってみようかと思うひょっとこなのでした。

ただ、体!!!お前が隙を見せたが最後、私は今度こそ死んでやるからな!

覚悟しとけよ!!!

はい。終わります。

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