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検証・ハーゲンダッツ~言葉に関するちょっとした考察を添えて~

こんにちは、ひょっとこです。

暑いですね。

最近耳鳴りが多いです。

年でしょうか。



さて、前回の記事では、

ハーゲンダッツで脱・自傷計画(言いづらい)

を発表しましたが、あれから一週間、計画の調子はどうでしょう。




結果としては、











まだあれから自傷はしていません!



\わー/\わー/\わー/\わー/\わー/\わー/





これ、結構私にとってはすごいことです。

ハーゲンダッツってすごいなー。



なんとなく、イライラしても

「私にはハーゲンダッツがあるんだぞ!」

という気持ちで生きていけます。



とはいえ、私の腕には赤いミミズのような跡が残っていますし、

「アイスごときでおさまるなんて、一体自分のしてきたことはなんだったんだ」とも思いません。



きっと、今回復しているのは、いろいろな要因があるんだとおもいます。

ハーゲンダッツもそうだし、環境の変化への慣れだとか、

周りからのサポートだとか、あとは少し自信が持てるようになった等の私の中の変化だとか。



自傷を肯定するわけではありませんが、ある種そうした変化の中で生きていくために、

私に必要な痛みだったのだとは思います。

とりあえず、そうしなければいけなかった状態から少しだけ前に進んで、

ひとまず一週間乗り切った自分のことは、肯定してあげてもいいのかな、と思います。







さて、ここからはまったく別の話になります。



こうしてブログを書いていると、少し不思議に思うのです。

私はこうしてキーボードを打って、画面上に「文字」という記号を表示しています。

それだけで、私の意図が皆さんに伝わります。



そうです、ブログを書いていると思うのです。

言葉ってすげぇな。



「いや今更かよ」という声も聞こえてきそうですが。

言葉ってすごいのです。



私は、まだひよっこですが、ちょっとした「言葉で人とやりとりをする」仕事に就いています。

この仕事の中で思うのは、

物は言いようだな

ということです。



少し乱暴な言葉ですが、言葉次第で人の印象や受け取り方はものすごく変わります。

「あなたは弱気で人と関わるのが下手ですね」

「あなたは、自分から積極的に物事に関わるというよりは身を引くタイプで、

人とわいわいするよりは、一人でいる方が好きなようですね」

印象はだいぶ変わるはずです。



前提として、人間は言葉を使って思考する生き物です。

我々の思考や認知は言葉に規定されます。

「青緑」という言葉がある国には「青緑色」が存在しますし、

「青緑」という言葉がない国には「青緑色」は存在しないのです。

我々が言葉を獲得するまでにどういった過程を経たかはわかりませんが、

言葉が生まれる前の思考と、今の人間の思考は大きく変わったはずです。



巷ではよく聞きます。

「言葉では伝わらないものがある」

「百聞は一見に如かず」




なぜか、言葉は表面的なものとして捉えられがちです。

ですが、言葉は実際は思考や感情と密接に結びついており、

表面的どころか、言葉次第で考え方や感じ方が変わるという事実もあります。



たとえば、こういうちょっとした心のワークがあります。

悩み事に巻き込まれたときに、自分の心をニュースにしてみるワークです。



たとえば、

「仕事で失敗した!自分はなんてダメな奴だ!みんなも失望したに違いない!うわああああ!!!!」

と思った時に、少し頭の中の言葉を変えてみて、

「〇〇さんが、仕事で失敗をしたようです。〇〇さんは、自分はなんてダメな奴なんだ、みんなも失望したに違いない、と考えているとのことです」

と、実況風に、頭の中の言葉を置き換えてみる。



これによって、少しだけ認知が客観的になり、

自分の「言葉による思考」に囚われず、少し距離を置けます。



これはまさに、言葉の力だと思います。



もちろん、言葉の他にも大事なものはたくさんあります。

表情、声のトーン、身振り手振り、etc

人のコミュニケーションにはいろいろな要素があります。




ですが、それでもあえて言いたい。

言葉ってすげぇ。



言葉は人を傷つけますし、言葉は人を癒します。

言葉次第で、思考は転換し、固まり、変容します。



皆様も、言葉に囚われた時には、

言葉の力を逆手にとって、少しだけ頭の中の言葉を変えてみましょうね。





ところで、今パンツ一丁で記事を書いてます。





きゃーーーーー!!!!!





……終わります。



ハーゲンダッツ食べよ。

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